アメリカ映画「フォックスキャッチャー」

今日紹介するのは2014年のアメリカ映画「フォックスキャッチャー」です。
この映画は1996年に実際にあった「デイブ・シュルツ殺人事件」を題材にしており、
大金持ちの御曹司であるジョン・デュポンという人物が何故オリンピック金メダリストであるデイブ・シュルツを射殺したのかをフィクションを交えた物語として描いています。

この映画はベネット・ミラーという映画監督の作品で、
彼は過去に「冷血」を書いた小説家トールマン・カポーティについての映画「カポーティ」や、
セイバーメトリクスと呼ばれる独自の手法で貧乏球団を強豪チームに作り変えていった人物ビリー・ジーンについての映画「マネーボール」などを監督しています。

そして彼の作品に共通するのが全て実在の人物をモデルに物語を描いているということであり、
常人には理解できないような思考を持つ主人公達に対して決して肯定も否定もせず、ただ寄り添うように彼らを追っていく作風が特徴です。

私はこの映画「フォックスキャッチャー」の『なぜ大財閥の御曹司は、オリンピックの金メダリストを殺したのか？』というキャッチコピーを見た時にミステリーのような要素を連想したのですが、
実際の映画は御曹司デュポンの満たされた者故の悲しみ、虚無感を描く非常に濃い人間ドラマの物語でした。

この物語の舞台は1987年のアメリカ。
1984年ロサンゼルスオリンピックにてレスリングの金メダルを勝ち取ったマーク・シュルツは名誉を獲得したにも関わらず、
レスラーとしての収入は少なく貧しい生活を送っていました。

そして同じ年にマークと共に金メダルを獲得した彼の兄であるデイヴ・シュルツ。
彼は陰鬱な性格のマークとは対照的に社交性の高さから人々の人気、人望も厚く、コーチの仕事で家族を養っていました。

ある日、マークの元へデュポン財閥の御曹司であるジョン・デュポンから
自分の率いる「フォックスキャッチャー」というレスリングチームに入らないかと誘いを受けます。
マークは彼の誘いを喜んで引き受け、
兄のマークに対しても一緒に来ないかと誘うのですが、
彼は「家族がいるから」という理由でその申し出を断ります。
マークはその後ジョンの用意した施設でトレーニングに励み結果を出すのですが、
その後ジョンの必死の交渉（法外な給料）でデイブがチームに加入し、
マーク、そしてゆくゆくはジョンにも大きな変化が訪れます。

この映画で登場するデュポン財閥というのは実際に存在する財閥で、
軍事産業や自動車産業を始めとする様々な事業で巨額の利益を上げた科学企業を経営しています。

有り余る財産を所有し何でも自分の好きなことが出来るジョン・デュポン。
しかし劇中の当人が幸せそうかというと彼はいつも覇気がなく虚ろな目をしており、常に今の自分にはない名声を欲していました。

彼は「フォックスキャッチャー」というレスリングチームを作り、選手達はその期待に応えるのですが、
いくら選手達が結果を出しても所詮それらは選手達の実績。
ジョンは彼らに必要な環境を与えることしかしていません。
彼の心は満たされるどころかますます空虚になっていきます。

他にも鳥類学者として本を出してみたり、自ら主催した大会で彼自身が出場し優勝（実は彼の部下が対戦相手に賄賂を渡した八百長試合）したりするものの、
それらは全て彼の自己満足に過ぎません。
終いには自分を讃えるドキュメンタリー映像を作るのですが、
そこに写っているのは彼を讃えるふりをしているお金で買った関係者達と、
その中の一人でありながらもそんな彼をかつて純粋に尊敬してくれた唯一の存在であるマークの姿。
気がつけば彼は名声を追い求めるあまりかけがえのない友人さえ失っていたのです。

もしかしたら彼はその生涯をあまりにも巨大な自分の一族の歴史、富の呪縛に縛られて生きていたある意味可哀想な人物なのかもしれません。
劇中彼がマークに対してこんなことを打ち明けるシーンがあります。

僕には一人幼なじみの親友がいたんだ。
でもね、ある日僕の母親が彼にお金を渡しているところを見てしまったんだよ。
彼はお金で雇われた友達だったのさ。

彼は遺産で受け継いだお金を使いありとあらゆる方法で自分にはない名声を得ようとしました。
しかしこの映画の中で彼の心は最後まで満たされることがなかったのです。

この映画のある場面でデヴィッド・ボウイのFame（フェイム）という曲が流れ、
ジョンが「音楽を止めろ！」と怒鳴るシーンがあるのですが、
その歌の中にこんな歌詞があります。

Fame,
It’s mine, it’s mine, it’s just his line
To bind your time,
It Drives you to crime
名声
それは俺のもの
お前の時間を束縛し
やがてお前を犯罪へと走らせる

ジョンが犯した殺人という罪。
彼のやったことは正当化できるものではありません。
しかしこの映画を見て私は立場は全く違えども彼が抱える悲しみ、虚無感に共感出来るような気がしました。

最後にこの映画を見事にリアルなものにした主演3人を紹介させて下さい。御曹司ジョン・デュポンを演じたのはスティーブ・カレルという俳優なのですが、
なんと彼は元々コメティアンとしてキャリアをスタートさせた人物であり、
映画も今までは「40歳の童貞男」や「リトル・ミス・サンシャイン」などのコメティ映画を中心に出演していました。
そんな彼は今回今までとは全く違う演技で高く評価され、第87回アカデミー賞の主演男優賞にノミネートされるという快挙を成し遂げました。

そしてマーク・シュルツを演じたチャニング・テイタム、デイブ・シュルツを演じたマーク・ラファロも現在数多くの映画に出演する売れっ子俳優であり、最近ではチャニング・テイタムはタランティーノ監督の「ヘイトフル・エイト」、マーク・ラファロはアカデミー賞作品賞を受賞した「スポットライト」で素晴らしい演技を見せてくれました。
今後も彼ら３人の活躍をとても楽しみにしています。

最後まで読んでくださりありがとうございました。
この「フォックスキャッチャー」という映画は既にDVD、Blue-Rayで鑑賞することが出来ます。
是非チェックしてみてください。